不思議争奪戦    前半戦





「暑い……」
夏休みに入り数日目。
私は忌々しくも兄の命令でコンビニにアイスを買いに行かれていた。
昼の熱さが残っているのか、日が暮れかけた今も熱気は和らいでいない。
このままだと今夜は熱帯夜になる事が嫌でも予想がつく、そんな黄昏時だった。

上から、カラスが落っこちて来た。

ああ、ついに鳥までも暑さにやられたのか、と黒い塊を見下ろす。
違和感が一つ。何故かそのカラスの首に紐が掛っており、その先には小さな手帳。
なんだこれ。
好奇心に負けて、カラスに近づいて見た。
「げ、ニンゲン……」
カラスが少し顔を上げ、嫌そうにつぶやいた気がする。
幻聴が聞こえるなど、どうやら私もそうとう暑さにやられているらしい。
直射日光が無いからと油断した結果がこれか。今からでも水分補給のためにコンビニに戻らなくてはいけない。
「脱水症状か、熱中症かどっちだろう……あれ、似たようなモノかな」
保健の授業で習ったが、根っからの勉強嫌いの私は既に思い出せない。
いや、きっとこれも熱中症の所為だろう。
そうに決まってる。
「おい、見捨てるのか! せめて日陰まで運べよ!」
「カラスが喋るなんて幻聴だ。ちょっと同情したけど偉そうだから誰が助けるか」
いけない、うっかり幻聴に返事をしてしまった。もしも周りに人がいれば頭のおかしい人に思われる。
周りを見回し、人がいない事を確認して安堵のため息。皆、暑いから外にいないようだ。
「ちょっと待て、ニンゲン。お前、もしかして俺の声……」
「イイエ、聞こえてませんヨ。全然、全く、これっぽっちも」
「答えてる時点で聞こえてるだろうが!」
幻聴にしては本当に偉そうだ。私のカラスのイメージは相当悪いらしい。
そう思っていたら、何故か肩が重くなった気がする。嫌な予感。
「良いから、少し肩貸せ」
勝手に肩に乗ってきたカラスの口から出るのは、明らかに先ほどの幻聴の声。
「う、嘘だ! カラスが日本語を話すなんて!」
「英語も話せるぜ」
「何気なく多才だ!?」
英語が苦手な私には羨ましい……じゃない、流されるな私。
とりあえず落ち着いて、カラスが喋る現実を受け止めよう。私の頭は正常なハズだ。

まずは観察。
肩に乗っているカラスは、首から手帳を掛けている以外に翼に傷があるのが見える。
よく見ると、喧嘩でもしたのか小さな傷がいくつもあるのがわかった。
落下したのは暑さよりこっちの方が大きいだろう。
「羽が動かないから、東高の中に連れてってくれ」
「人の思考を邪魔するな! 少しくらい状況把握させろ!」
しかも、私はお前のタクシー代わりか。落下してきたカラスの分際で生意気だな。
「……あー、わかった。俺は見ての通りカラスの幽霊で」
「いやいやいやいや!?」
「何だよ?」
「幽霊? 見ての通り!?」
「ハァ? 普通カラスが喋る訳無いだろ」
常識の外にいる自称幽霊のカラスが『普通』とかおっしゃるのですか。
しかし、初・心霊体験がこんな偉そうなカラスの幽霊なんて嫌だな……
もう少し雰囲気のある――― いや、別に恐怖の体験をしたいわけじゃないけど。
「で、幽霊烏。東高に何の用がある?」
「お前、切り替えオカシイだろ」
「五月蝿い」
「つーか、お前こういう体験無いのか? 俺と会話できる時点で霊感あるはずだが……」
はっきり言おう。有るわけない。
むしろ私に霊感があるなんて事実知りたくも無かった。

それより、説明するなら早くしろ。アイス塗れにするぞ。
その思いと殺気が届いたのか、カラスが丁寧に咳払いして嘴を開く。
「俺、東高が舞台の七不思議争奪戦の審判なんだ」
「何だそれ」
胡散臭そうな目でそう言ったら、カラスは黙った。
カラス曰く、幽霊とかにもちゃんとルールや縄張りというものがあるらしい。
七不思議と呼ばれる、学校で噂される存在となる権利を掛けた『幽霊』と『妖怪』と『怪物』による三つ巴の戦い。
それが『七不思議争奪戦』とやらで、カラスはその審判を務めているとの事だ。余計に胡散臭い。
「で、それが何で落ちてきた?」
「暑くて意識が朦朧としたところを、ルール違反の奴に襲われた」
「バカか」
所詮カラス、弱いな。しかも既にルール破ってる奴がいるんじゃないか。
ルール違反を見張る審判がいなければ、やり放題で好都合の化け物もいるだろう。
しかも、このカラスはその中に行けと言っているのだ。正直「ふざけるな」と切り捨てたいところだが……
「カラス、私に憑いてるだろう?」
思い切り顔を逸らされた。
やはり肩が重いのは、カラスが乗っているだけではなかったようだ。幽霊だけあってそういう芸当もできるらしい。
「ええと、このまま戻っても返り討ちにされるし……」
「で、もし断ったらこのままだと脅す?」
「……スミマセン、俺を助けてください!」
選択肢なんて存在しないが、頭を下げさせるのは良い気分だった。
しかし、この面倒事の所為でアイスはドロドロに溶けてしまっただろう。
責任を取って、賠償金とか払ってくれないものか。








東高は当然ながらすぐ近くにある。カラスの落下地点からも見えるくらいの位置だ。
夜の学校は薄闇の中にたたずむだけでホラー的な雰囲気を醸し出していた。
いかにも『出そう』な空気だが、既に肩の上にその『出る』べきモノが居るのは複雑な気分にさせられる。
「で、どうする?」
「戦況の確認。東高の七不思議の舞台は『音楽室』『プール』『トイレ』『階段』『屋上』『体育館』」
「6個だぞ。また暑さで脱水症状にでもなったか?」
「7つ目はその6つと被ってなければ何処でも良いんだよ!」
やけくそ気味にカラスは叫ぶ。道中、その事で少し苛め過ぎたのかもしれない。
今更だが、幽霊の癖に脱水症状なんてものになれるのか。器用な奴らだ。
しかし、今からその全部を回るとなると、私の体力が不安になる。
カラスの話だと、審判と行動している以上は襲われないらしい。
だが、審判だったカラスが襲われて校外に追い出されたのだ。油断できない。

「あれ、審判のカラスじゃん」
不意に響いた声に視線を向けると、髪を金色に染めた高校生くらいの青年がいた。
普通のちょっと不良っぽい高校生に見えるが、反応からしてこいつも幽霊なのだろう。
しかし、とても生き生きしている。幽霊ならもう少し暗鬱な顔をしていろ。恐怖が煽れないぞ。
「『屋上の亡霊』じゃねぇか。もう終わったのか?」
「当然♪ で、そっちは何かあったみたいだね?」
「今回ルール違反が出た。少し油断し過ぎた」
いや、お前の脱水症状が原因だろう。相手が知らないのを良い事に嘘を吐くな。
「へぇ、何を考えてるんだろうなぁ」
「で、俺は羽がこんなんだし、こいつに急遽助力を求めたわけだ」
偉そうにカラスは言う。とりあえずムカついたので容赦なく叩き落しておいた。
横のやや下の方から「ぷぎゃ」などと変な音がしたが、私の知ったことではない。
しかし、『屋上』が目の前の青年に決定したようなので一つ手間が省けたのは良い事だ。
「テメェ、何しやがる!」
「どうした、役立たず」
「うわー、容赦の無い言葉。というか、お嬢さん。幽霊怖くないの?」
「何を今更。既にこのバカラスに憑かれ済みだしな」
あんな出会い方では恐怖心も何も起きないし、目の前の『屋上の亡霊』は透けてさえいないのだ。
これで青年が血塗れなどだったら少しは悲鳴を上げるくらいの気は利かせられたが、それこそ今更の話。
私の答えに、青年はにやりと裏の有りそうな笑みを浮かべる。何か企んでいる気がする。
「じゃ、オレが七不思議争奪戦ツアーにお付き合いするよ」
「…………カラスを襲った奴が出た時に、盾くらいにはなるか」
「お前、鬼畜って言われねぇか?」
失礼なカラスだ。鬼畜は私の兄の代名詞なので一緒にして欲しくない。
「あ、そうそう。階段の方も『人食い鏡』に決まったよ」
余計にカラスが役立たずに思えてきた。肩に戻ってきたカラスが少し落ち込んでいた。




七不思議 舞台『屋上』 決定済み
  『屋上の亡霊』…勝利
  『屋上に住む片目の鳩』…亡霊にボロボロにされ脱落
  『宇宙語を受信するアンテナ』…亡霊に圧し折られ脱落
  『預言の落書きがされる貯水タンク』…亡霊に蹴り落とされ脱落

七不思議 舞台『階段』 決定済み
  『階段の人食い鏡』…勝利
  『十三段に変わる階段』…階段を破壊され脱落
  『階段に響く足音の幽霊』…人食い鏡により脱落




最初に目についた門から入ったので、最も近い怪談の舞台は『プール』だった。
亡霊の青年も自分の場所取りが終わったので傍観するつもりだったらしく、門の近くまで来たそうだ。
暇なんだな、と言ったら苦笑で返された。どうやら本当に暇らしい。羨ましい限りである。
「幽霊といっても、人を驚かすくらいしかやる事無いんだよ。妖怪も怪物もそこら辺は一緒」
「おいおい、それで被害者出すなんて迷惑な話だな」
「ま、噂になってるの楽しむためにも殺しは無し。時々破る奴もいるが、ちゃんと落し前は付けさせるぜ」
一応そういうルールはきちんとしているそうだ。
時々破る者がいる、という点では現代で犯罪者がいなくならないのと同じ原理だろう。
尤も、驚かされる身としては怖い事には変わらないと思う。私は既にその感覚が麻痺してしまった気がするが。
「ところで、プールの怪異って何?」
「確か……」
カラスが足で首から掛った手帳を開く。
審判として暗記しておくべきではないだろうか、と思ったが面倒なので黙っておいた。
「『足を引っ張る少女の幽霊』と……」

「あはははは! このアタシに河童ごときが敵うとでも思ったのかしら!」

「…………『プールを泳ぐ河童』あたりか」
見えないが、プールの中から響き渡った高笑いに予想は出来ていた。
中を覗き込むと、ど真ん中にスクール水着を着た少女が仁王立ちしている。
その正面には、河童らしい緑色の甲羅。
「ば、馬鹿な……! この熱帯夜で、脱水症状起こしかねない状況で、プールの栓を事前に抜くだと……!」
「アタシが脱水症状起こす前に、アンタがダウンするでしょ? さぁ、干乾びる前にリタイアする事ね!」
河童は皿に水が無く、ほとんど戦うような気力は残っていないようだ。
追い打ちを掛けるように、少女の幽霊は素足で河童を踏みつけた。もし彼女がヒールとかだったら酷い事になる。
その行為に、亡霊の青年とカラスがとても引いているのがよく分かった。私も同感だ。
「『プールを泳ぐ河童』の脱落を確認――――― よって七不思議の内、プールを舞台とする権利は『足を引っ張る少女の幽霊』に決定する」
カラスが小声で宣言し、手帳に勝敗を書き込む。
そして、もちろん幽霊の少女に気づかれないようにプールを後にした。
後ろの方で「もう無理……」という呻き声が聞こえたが3人仲良く無視する。




七不思議 舞台『プール』 決定済み
  『足を引っ張る少女の幽霊』…勝利
  『プールを泳ぐ河童』…水分不足により脱落
  『水に浮かぶ死んだ魚』…排水溝に巻き込まれ脱落




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競作小説企画 第三回「夏祭り」参加作品 【使用お題:幽霊・熱帯夜・素足】





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