不思議争奪戦    後半戦





「…………暑い」
1階から3階の音楽室まで上るだけでも、熱帯夜だとかなり疲れる。
階段の怪異の争奪戦は終わっていたが、その勝負の傷痕がしっかりと残っていた。
踊り場の鏡が割られていたり、階段が何段か抉られたように破壊されていたり……
「―――― ん? 階段の勝者は鏡じゃなかったのか?」
割れているが……
「『階段の人食い鏡』だから、鏡の欠片でも『人食い鏡』の効果は発揮できるんだよ」
「むしろ割れた破片の分だけ有利。詳しくない怪談だと、こういう裏道があるんだぜ」
怪談話の内容に完全に矛盾していなければ良いらしい。
細かく出来る事が縛られては幽霊や妖怪達にも不便なのだろう。
しかし、その怪談によっては戦闘能力を全くと言って良い程持たない怪異がいてもおかしくは無い。
そういう場合は……おそらくご愁傷様といったところか。
「しかし、私はこのまま徹夜でバカラスに付き合わなければいけないのか?」
「いや、制限時間12時まで」
決着が付かなければ判定になり――― つまりは審判の独断と偏見で決まるとの事。
成程、それならば審判はさぞ恨まれる事だろう。良い気味だ。
「何か酷い事考えなかったか!?」
「よくわかったな、カラス」
肩で騒ぎ出すカラスを見下しながら、頭では別の事を考え始める。


カラスが取り憑いてまで私を巻き込んだ理由。
カラスの羽が動かないのは本当のようだが、移動の点だけなら隣にいる亡霊の青年で事足りる。
けれど未だに私の肩に居座るのは、おそらくカラスはこの青年の事も疑っているのだろう。
敷地外にいた――― しかも人間である――― 私は『争奪戦』とは無関係だ。
だからこそ、カラスは私を『敵』であるという可能性を排除した。

尤も、私は自分の身が可愛いので、敵にカラスを売り渡すくらいするつもりだが。

さて、ここで気になってくるのがカラスの『敵』の目的である。
空中移動をする『鳥』にとって『飛べない』というのは致命的な弱点になる。
カラス自身もこれを理解して、無理に羽を動かしてでも敷地の外に一時的に逃げたのだろう。
トドメを刺さなかった、というよりは刺し損ねたが正しそうだ。


「ああ、私のバカ。下手をするとこれは……」

嫌な予想に行き当たり、思わず嘆こうとした私の声をかき消すような破壊音が響いた。
音源は目的地の音楽室。
こちらはまだ戦闘中のようだが……今までになく盛大に戦っているようだ。
廊下に面している壁が今の衝撃で貫通し、粉のようなものが舞い上がっている。
一瞬見えた黒く光る物体はピアノだろう。すぐに壁の穴の向こうへと消えていった。
「あれが有名な『音楽室の人食いピアノ』だよ」
苦笑気味に青年が言う。確かによく聞く怪談だが、思った以上に行動が過激だ。
学校を容赦なく破壊しているがいったい誰が直すのだろう、と現実逃避をする。
「おい、ニンゲン。止まるな、近づかないと見えねぇだろ」
「間違いなく、自信を持って言えるが、あれに近づくのは危ないだろう!」
「うるせぇ! こっちだってお前がやられたら巻き添えくらうんだ!」
「巻き込まれているのは私だ! むしろ付き合ってもらえている事に頭をこすりつけて感謝しろ!」
カラスが言葉に詰まった。
一応、迷惑を掛けているという負い目はあったらしい。
だけど頭をこすりつけて感謝はしてくれなかった。おとこじゃないな。
「でも、埒が明かないよね」
「…………穴から覗くだけだ。危なくなったら逃げる」
青年の説得に仕方ないので妥協する。

そうして覗いた音楽室は『惨状』の一言だった。
壁の上の方に掛ったベートベンやバッハの肖像画が真っ二つになり、ガラスも全て割れてる。
階段も酷かったが、音楽室と比べると結構マシだったのではないかとさえ思えてきた。
「もう嫌、ピアノなんて……楽器の癖に…………」
そう言いながら人食いピアノの体当たりを軽やかに避ける少女の幽霊。
カラス曰く『夜の音楽室で演奏する少女』で、彼女の演奏する曲を聞くと呪われるらしい。
隣にいる亡霊と違い、ちゃんと空中に浮いているのでそこそこ幽霊らしかった。
「避けてるんじゃねーよ、小娘!」
低い声で嘲笑うように言葉を返したのは人食いピアノ。
壁に衝突した反動で無数に傷が付き、弦も何本か切れていたが本体は気にしていない様子。
この戦況を見る限り攻撃手段を持たない幽霊の少女が不利なのだろう。
だが、幽霊の少女も避けれる攻撃に当たるつもりは無い。
時間が掛るか。
そう思い、諦め気味にため息を吐き出そうとした時だった。

ぺた……ぺた…………

子供が素足で廊下を歩くような音が耳に届く。
もしもカラスと会う前の私が、一人で暗い学校にいたのならば“恐怖”を抱くような足音。
しかし、既に幽霊やら亡霊やらが近くにいるのでその感覚はマヒしているようだ。
顔を動かし音源の方向へ視線を向けると、青白い顔をした少年が音楽室に入っていくところだった。
「てめぇ、『階段に響く足音の幽霊』か?」
突然の乱入者に、音楽室の怪異が怪しむように動きを止める。
一時的に戦闘の中断された音楽室で、少年は申し訳なさそうに口を開いた。
「あの……俺も自分の身が大切なので…………すみません!」
そう断言すると共に取り出したのは『鏡の欠片』。
鏡は音楽室の中を映すと、鏡面を歪め妖しく輝き出す。
「それ、人食い鏡の一部なの!?」
「鏡! 同じ怪物系の癖に裏切るのか!」
少女の幽霊と人食いピアノが悲鳴にも似た声を上げた。

「キャハハ! だって人食いネタは自分だけで十分。ピアノは邪魔だもん!」

鏡から子供っぽい声が響き、輝きが増す。
光が収まった時には、ピアノも幽霊の少女の姿も音楽室には無かった。
どうやた足音の幽霊の少年は、鏡に脅されて音楽室まで欠片を持ってきたらしい。
「容赦ない……」
ぽつりとつぶやいた足音の幽霊の少年の言葉には私も同意する。
しかし、『階段の怪異』が『音楽室の怪異』を倒してしまっていいのか。
ネタが被っているとはいえ……結果的に音楽室は全滅している。
「これは『アリ』か?」
「……多分、一つくらい潰れてもいいんじゃねぇか?」
良いらしい。
確かに舞台となる場所は他にもあるだろう。
あくまで『音楽室』というのは『よくある怪異の舞台』としての価値しかないのだろう。




七不思議 舞台『音楽室』 全員脱落
  『音楽室の人食いピアノ』…人食い鏡により異空間飛ばれて脱落
  『音楽室の演奏する少女』…人食い鏡により異空間飛ばれて脱落
  『動く音楽家の肖像』…ピアノの突進に巻き込まれ、更に異空間飛ばれて脱落




「ところで、カラス」
「何だ、ニンゲン?」
音楽室からそこそこ離れたところで私は足を止める。
同じく青年も足を止めたので、廊下に響く足音は無くなった

他に・・足音の怪異は・・・・・・あるか・・・?」

―――――――――― はずだった。

だが、視線の先にある階段からは確かに靴の足音のような音がする。
カラスの表情は分からないが、気配で身を固くするのが分かった。
『怪談』に存在しないはずの『足音』はゆっくりと近づいてくる。
「…………運動靴?」
「体育館の『走るバスケットシューズ』か!?」
階段のある角から現れたのはカラスと同じように切り傷を持つ靴。
けれどその動きはどこか弱弱しく、どこか助けを求めているようにも見えた。
亡霊の青年が階段に注意を向けつつも、靴に近寄る。

瞬間、背に嫌な気配を感じた。
まず私がした事はカラスを青年に向かって投げる事だった。
次に反射的に体が逃げようとするが、こちらは首に冷たいものを感じ理性で押し止める。
先ほどの靴を脅して私やカラスの気を引き、『犯人』は近くの教室に隠れていたようだ。
「なにしやがっ!?」
カラスの文句が途中で途切れた。
現状を理解してくれて何よりだが、助けは期待できそうにない。
「ニンゲンか?」
すぐ後ろで聞こえた声に冷たい汗が流れるのを自覚しつつも、頭は冷静である事を保つ。
「審判のカラス。『犯人』のお出ましだよ」
「『理科室の教師の霊』!」
振り向けないので顔は見えないが、視界の端に白衣が入る。
おそらく、首に当てられているのは解剖用の刃物あたりだろう。
すぐに攻撃してこないのは、噂を伝える媒介であるニンゲンだからか。
「今すぐそいつを放せ!」
カラスがお決まりのセリフを吐くが、人質っぽいし絶対に無理だと思う。
それよりも一応確認しておきたい事があった。
「できれば私が巻き込まれる原因となった目的が知りたい」
「…………簡単な事だ。別に、七不思議にこだわる必要はない。それだけだ」
つまり、ルールそのものに不満を持っている輩らしい。
この学校のたった一つの怪異になりたいのか、それともこの争奪戦を理不尽を感じているのか。

尤も――――― 私にとってはそんな勝手な事情など、どうでも良かった。
巻き込まれ、この熱帯夜の学校にいる原因に抱くのは苛立ちだけだ。
「それなら、ちゃんとカラスにトドメ刺しとけ!」
相手に気づかれないようにコンビニ袋から出したアイスをブチ撒ける。
常温放置されたアイスは液化しているので、見事に教師の霊は頭からそれを被った。
「おま、危ねぇだろ!」
「塩アイスだから効果は抜群のはずだ」
『清めの塩』と言うだけあり、幽霊の類である教師は苦しんでいるようだ。
カラスの幽霊と亡霊の青年が無言で固まっているのは……多分その苦しみが分かるからだろう。
しかも『塩アイス』なんて半端なものなので余計に苦しいようだ。だが同情はしない。
「じゃあカラス。これで犯人もわかった事だし帰って……」
「この、小娘がぁ!」
最期の力を振りしぼったのか、教師の霊が起き上がる。
既に背を向け掛けていた私の不意を打った、完璧な攻撃だった。

「こんなところにいたんですか」
唐突に響いた声と共に、その背中が思いきり踏みつけられた。
教師の霊の顔が下に落ちていた塩アイスに擦りつけられるように沈む。
そんな惨状など無視して黒い笑顔を浮かべるのは、非常に見慣れた顔だった。
「…………兄貴」
「全く、遅いと思ったら高校で何をしているんです?」
あまりにも帰りが遅いの心配して、というよりはアイスを待つのに痺れを切らしたらしい。
正直、今日見たどの怪異より兄の笑顔の方が数千倍以上怖かった。
カラスや青年も怯えるくらいだ。
「とりあえず帰りましょう? 追及はその後でします」
「こ、怖ぇ……笑顔なのに……」
カラスがつぶやいたが、聞こえていないようだった。
しかも、足の下に教師の霊がいる事に気が付いていないのか容赦なく踏みつぶしている。
塩アイスの効果も重なり、かなり苦しそうなうめき声を上げていた。

しかし、霊感が全く無いらしい兄に、私はいったいどう言い訳すればいいのだろう?








強制帰還をさせられ、その後の事は私は良く知らない。
だが、それから数日後にあのカラスの首から掛っていたメモ帳をベランダで発見した。




七不思議 舞台『体育館』 決定済み
  『跳ね回るバスケットボール』…判定勝ち
  『走るバスケットシューズ』…教師の霊により脱落
  『天井に現れる人の顔』…ボールに殴られ脱落
  『倉庫の元バスケ部の地縛霊』…シューズに蹴られ脱落

七不思議 舞台『トイレ』 決定済み
  『開かずの個室の少女』…勝利
  『選択肢のおかしい問い』…言葉の暴力に負け脱落
  『紫のおばあさん』…辞退

七不思議 舞台『学校』 新規決定
  『時折響くうめき声』…判定により採用
  その他、それぞれの事情により脱落


七不思議 七つ目…欠番
  『この学校の七不思議は毎年変わる』
  『夜の学校で七不思議の争奪戦がある』 等

    本来の七つ目は謎のまま





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競作小説企画 第三回「夏祭り」参加作品 【使用お題:幽霊・熱帯夜・素足】




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