【とある夏の骨董品屋】





「あれ? 君、迷ったの?」

だらけたような声が、古臭い骨董品屋の店内に響いた。

その声に、入り口の近くで品物を見ていた中学生くらいの少女が顔を上げる。

地毛なのか染めたのか判断の出来ない茶色の髪が、動きに合わせて微かに揺れた。

店の中は奥に行くほど薄暗く、少女が声の主を見つけるまでには数秒を要した。

声の主は、髪をボサボサにしたまま眠そうに奥の畳の上で寝転がっていた。

この骨董品屋の主人らしい青年は小さく欠伸をすると、軽い動作で起き上がる。

「・・・迷子じゃないわ。帰り道ぐらいわかる」

少女が不満そうに口を開いた。外見よりも、態度は大人びている。

それを意外に思ったようだが、青年は悪びれない笑みを浮かべた。

「そうか・・・で、此処に何か用かな?」

「それ」

少女は青年の方を指差す。

指の先を辿ると、緑色の渦巻きにたどりついた。

「・・・蚊取り線香?」

「流行ってるの? 旅館でも使ってたけど」

どうやら彼女は地元の人間ではないらしい。

夏休みを利用して旅行か合宿にでも来た人間だろう。

青年が声を掛けたのも、そういう人間ならこんな所に来るかもしれないと思ったからだった。

尤も、その心配は必要の無いものだったが。青年は密かに苦笑を浮かべた。

「別に流行ってるわけでもないだろうな。俺が使ってるのは、ちょっとした理由からだし」

「ふ〜ん・・・」

興味なさそうに少女は答えて、再び品物に視線を戻した。

入り口の近くから順番に観察するように見ていたが、途中で動きを止める。

それから訝しむように青年に視線を向けた。

「これ本物の刀?」

「見ての通り」

青年の言葉に、少女は顔を刀に近づけた。

光に反射して刀身が光る。気のせいか、異様な空気を放っているようにも思えた。

「銃刀法違反」

「ばれなきゃ大丈夫」

ケラケラと、子供っぽく青年は笑う。

それが青年の纏う雰囲気を合っていて、違和感は感じない。

子供っぽい笑顔のまま、ついでのような感じで口を開いた。

「ま、ここら辺も最近物騒だから気をつけた方がいいよ」

「あの連続殺人事件?」

「ちゃんと新聞読んでるんだ?」

失礼とも思える言葉を、少女は完全に無視した。

その反応が面白く無かったのか、青年は少しだけ不満そうな顔をする。

だが何かを思いついたらしく、そんな表情をすぐに引っ込めると口を開いた。

「今日は祭りだから、余計注意を怠らないことだね」

「そりゃあ、人ごみで行き成り捕まったら逃げられないわね」

「それに、変なモノも出るかも知れないしね」

「!・・・・バカにしてるの?」

完全にからかわれたと思ったのだろう。

少女は青年をひと睨みすると、足早に店内から出て行った。

残された青年は可笑しそうに笑う。それから、山に視線を向けた。

「あの・・・すみません」

少しだけ視線を外した隙に、店の入り口に少年が立っていた。

気の弱そうな印象を受ける少年は、躊躇いがちに店の中に足を踏み入れる。

「何か欲しい物でも?」

青年の問いかけに少年は視線を彷徨わせた。

それから、何かを決意するように瞳に強い光を宿して青年を見る。


「あの ―――― 身を守れるものが欲しいんです」








「身を守るもの、か」

「何でもいいんです。どうしてもしたいことがあって・・・」

「例の殺人犯に、関係あるのかな?」

少しだけ、楽しそうに青年は問いかける。

それはあまりにも不謹慎と言え、不自然とも思えた。

少年は一瞬恐怖のようなものを覚えたが、それを無理やり振り払う。

「そうです。どうしても、仇を討ちたくて・・・」

「君はそんなことするべきじゃないと思うんだけどな」

内心ではどう思っているか判らないが、青年は困ったような表情をした。

心が揺れるのを少年は自覚したが、もう後には引く事などできない。

「駄目なんです。ぼくしかできないんです!」

「それなら仕方が無いね」

青年は目を細めて複雑な笑みを浮かべた。








「・・・何だったのよ、あの骨董品屋」

旅館に戻った少女は小さく吐き捨てる様に悪態をつく。

バックのタグに書かれた五十鈴華乃という名前が風でゆらゆらと揺れた。

此処は遠縁の親戚が経営している旅館で、避暑にはもってこいでもある。

しかも今回は丁度祭りの時期と重なって、彼女も運がいいと考えていた。

「ってか、なんで真剣を普通に骨董品屋で売ってるのよ・・・」

営業スマイルとは違う、自然な笑顔が特徴だった店の主人を思い出す。

そうすると何となくむかついてきたので、思い切りバックを蹴った。

バックは壁に当たり鈍い音をたて、重力に従い畳に落ちる。

その拍子に視線が部屋の入り口に向き、そこに小さい女の子がいることに気がついた。

「あ、ごめんね。驚かせちゃった?」

女の子は首を横に振り、持っていたものを差し出す。

華乃がそれを受け取ると、恥ずかしがるように走って行ってしまった。

残された華乃は渡された物にを見て、思わず苦笑する。

「・・・蚊取り線香、ねぇ」

火の点いた蚊取り線香は、ゆらゆらと煙を出していた。

「そういえばさっきの子、着物着てたけど祭りに行くのかな・・・?」

華乃にとってその答えは判り切っているようで、自信は無い。

遠くで犬の鳴く様な声がしたが、彼女は気付かなかった。

「殺人犯・・・無差別よね」

ふと、朝新聞で見た記事のことを思い出した。

何かで切られた上で木に吊るされる。

正直そんな死に方は嫌だし、やる方も趣味が悪い。

ともかくそんな特徴的な殺し方の所為で同一犯とわかったのだ。

被害者に共通点は無く、今のところ旅行者は被害に遭っていない。

「祭りの日くらい大人しくしてくれないかなぁ」

華乃は蚊取り線香を適当なところに置き、ため息を吐いた。

外を見ると日が沈みかけており、その手前には祭りの露店を見える。

「・・・でも折角だし、行っちゃおう!」

浴衣なんて用意してないので、そう決めてしまってからの用意はすぐに終わった。

ポーチに必要最低限のものだけ入れて、祭りに向かう人々の中に紛れ込んだ。

丁度良いことに、この旅館は祭りの会場である神社に近い。

一分も歩かないうちに周りには露店が並んでいた。

「まずは綿菓子も捨てがたいけど、カキ氷ね!」

華乃は先程まで考えていた事をすっかり忘れて、カキ氷屋を探す。

だが、思った以上に人が祭りに来ていた。

現在位置に止まることで精一杯で、全く先に進めない。

本当に、この町のどこにこれだけの人間がいたというのか。

そう思わせる程の人間が会話をしたりして歩いている。

「っ!・・・蚊取り線香の・・・匂い・・・?」

人ごみの中で、ふとあの匂いが華乃の鼻に届いた。

すぐにあの店の主人を思い出し、思わずそれから逃げるように人ごみから出る。

だが ―――― そこには楽しそうにカキ氷を食べるあの青年がいた。

「・・・・何カキ氷食ってるのよ。そしてなんでここにいるのよ」

「非常に理不尽な理由で文句を言われた気がするんだけど・・・」

青年は反論するが、その言葉からは覇気ややる気が一切感じられない。

むしろ、現状を楽しんでいるとしか思えない態度でカキ氷を食べている。

「〜〜! 人がカキ氷食べ損ねたところだってのに!」

「成る程。完璧な八つ当たりだね」

華乃は言葉に詰るが、彼の食べるカキ氷を見て絶句する。

もうほとんど茶色としか呼べない色をしたカキ氷を。

「物凄い色じゃない。ソレ何を掛けたのよ?」

「イチゴとレモンとメロンとオレンジとパインとブルーハワイとチョコと宇治茶」

つまり、全部掛けてもらったらしい。

「邪道よ! せめて一種類にしなさい!」

「うん。今ちょっと後悔してる」

青年はそう言って、カキ氷をもう一口食べる。

華乃も過去に全部掛けた事があったが、酷かった。

それはもう、かなり甘いだけの氷の山にすぎない。

「で、あんた店は?」

「滅多に客は来ないよ。それに今日は二人来たから絶対来ない」

カキ氷の山は、減るよりも溶ける方が早かった。

半分くらい甘い水となったカキ氷は、カキ氷好きにとって見るも無残な姿だ。

「それより、来ちゃったんだねぇ。君は」

青年の声の調子が変わったような気がした。

直感的なものだが、ただの気のせいや勘違いではない。

無理に表現するなら、人ではないモノの声のような違和感があった。

本能的に、コレに自分が関わるべきではないと理解させられた。

「あーあ、来なければ何事も無く済んだのに」

蝉の鳴き声が別の世界のモノのように、篭って聞こえる。

風がざわめき、ナニかが内緒話をしているように聞こえる。

人の話し声が遠ざかり、小さくなっていき、完全に聞こえなくなる。

だが ―――― 青年のカキ氷を置いた音で全てが正常に戻った。

何も感じられない笑みで、青年は華乃を見る。

「巻き込まれない内に早く、帰りなよ」

青年は立ち上がり、華乃に背を向ける。

その姿は思った以上に早く、闇に融けていった。

青年の威圧感はヒトのものではなかったのに、不思議と冷や汗は掻いていない。

「何なのよ・・・」

残された華乃は呆然とするしかなかった。








「駄目だ・・・見つからない」

少年は困ったように小さくつぶやく。

祭りの人ごみは相変わらずで、好きに動けない。

「あれ・・・貴方迷子?」

急に掛けられた声に、少年は驚いて相手を見る。

中学生くらいの、茶色の髪をした女の人だった。

その女の人の気配に、少年は少しだけ期待をする。

「お姉さん・・・手伝ってくれる?」

「保護者と逸れちゃったの?」

違ったけれど、そう思ってくれた方が都合がいいので頷いてみせた。

女の人は華乃と名乗った。その親切さに、罪悪感を覚えた。








祭りの会場から少し離れたところに、2つの人影があった。

華乃は自分自身がお人よしであることを自覚て、小さくため息を吐く。

少年が言うには人ごみが苦手な人らしく、少し離れた場所にいるかもしれないとのことだった。

「誰もいないね」

「うん、ぼくら以外には」

此処にいるのは二人だけ。

もし此処で何かが起こっても誰にも気付かれない。

例えば例の連続殺人犯が現れたとしても・・・。

「・・・ねぇ、早く戻った方が」

「その必要はないです。多分呼べるから」

「え?」

腕に熱い感覚がした。

それが自分の血であると気付いた時、足元の草が足に絡まる。

否、それは絡まったのではなく、華乃の足に絡み付いてきていた。

「な、何これ!?」

「すみません、貴方はあいつを誘き寄せるための餌です」

「・・・あいつ?」

華乃の問いかけに、少年は答えなかった。

「ちょっと前まで、この祭りは山の神を崇めるものでした」

少年が感情の含まれない口調で言葉を紡いだ。

無表情が逆に今にも泣き出しそうに思えて痛々しい。

「名だけの人柱を捧げ、人柱の身に何事も無く終わるのが普通でした」

「・・・それが何だって言うの? それに今はもうやってないんでしょ?」

「どうして無くなったか知ってます? 最後の人柱が本当に消えてしまったからですよ」

名だけだった人柱が消えた。

それはきっと祭りに参加にた全ての人間にとって衝撃だっただろう。

ただの祭りの一環としてやっていたことが本当になってしまうなど・・・

「あの子は結局帰ってこなかった。だからぼくは山の神が嫌いなんです」

「それとこれと何の関係があるっていうの・・・?」

「犬神。それがこの山に住む神です。血の匂いに敏感らしくて・・・ね」

近くで動物の息遣いが聞こえた。

だがそれは大型獣のもののようだった。

「ここまで山を下りてこさせるのに、どれだけの人間を使ったか・・・」

嫌でも理解させられた。

目の前にいる少年はヒトではないと。

そして連続殺人の犯人もこいつなのだと。

逃げなくてはいけないと思っても、足に絡まる草はそれを許さなかった。

「っと、来ましたね」

少年が嬉しそうな声を上げる。

華乃は気配のする方にぎこちない動きで顔を向けた。

くしゃり、と草を踏みつける音がし、獣の全貌が光の下に曝される。

白銀の毛を持つ狼に似た獣が、静かにそこにはたたずんでいた。


動けなかった。

華乃はもちろん、少年さえも。

正しくそれは『神』であったから。

「あーあ、やっぱり華乃ちゃんは巻き込まれてるねぇ?」

面倒臭がるような、そして何か残念に思っているような声が響く。

微かに蚊取り線香の匂いを漂わせた青年は、微苦笑を浮かべてそこに立っていた。

「一介の木の化身が、神に敵うわけないんだよ」

少年が睨みつけるように青年を見る。

「なら・・・なんで何もしてくれなかったんですか?」

「僕はこちら側の存在だから仕方が無いんだよ」

にやり、と楽しそうに青年は笑って答えた。

「というわけなので、神サマはそろそろ山にお戻りください」

声の調子を真剣なものに変えて、青年は頭を下げる。

犬神は静かに青年を見下ろしていたが、しばらくすると一声鳴いた。

その姿は急速に薄れ、気付けば何もかもが無かった事になっている。

踏み潰された草も、変化した空気も、少年も、青年も。

本当にただ一人華乃が残されただけだった。

「・・・痛っ」

腕に付けられた傷だけが、今を現実と伝える。








「どういうつもりですか? 今更、何処に連れてく気ですか?」

「君の会いたい子だよ。世界の歪みがいつ現れるかなんて神も判らないしね」

『道』を抜けるととある旅館の前に二人は立っていた。

青年は少年を引き連れ中に入るが、誰も何も言わない。

それは単純に二人が見えていないだけなのだが。

「座敷童、居るんだろ?」

青年が声を掛けると、着物を着た小さな女の子が躊躇い勝ちに現れた。

少年はその姿に目を見開く。その女の子は祭りの日に消えたあの子に他ならなかった。








「というわけ。見事にハッピーエンド?」

「・・・・私は完全に被害者じゃない!」

「だから巻き込まれる前に帰れって言ったのにさぁ」

再び骨董品屋に訪れた華乃に、青年はそのように説明した。

尤も、華乃が怪我の治療費代わりに全部話せと脅した結果でもある。

「でも、なんで犬神は大人しく帰ったの?」

「蚊取り線香、だよ。神を静める成分を含ませた特別なやつ」

「・・・・・・それも骨董品として持ってたとか言うわけね」

品物の説明を聞くと、此処に在るものは全てそういうものばかりだ。

眉唾物だが、犬神に木の化身、座敷童と会った後では信じるしかない。

そして、彼女は最後に残った疑問を問いかけた。

「で、そういうあんたは何者?」


「ただのこの町の鎮守だよ」








そして夏休みは終わる。


彼女が来年もここを訪れるかはわからない。


また、あの骨董品屋に辿り着けるかもわからない。


ただはっきりとしているのは、この夏の風変わりな出来事だけ。




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鎮守・・・土着の神をしずめて、その場所を守護する神





使用お題
蚊取り線香、祭、夏の怪異
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