クリスマス小説 『D-製作会社』




クリスマス。
それは世界中の子供が楽しみにしている日だ。
朝になると枕元とか靴下の中とか親が預かってたりとかするプレゼント。
尤も、ある程度の年齢まで達すると、親が用意していると思われるのだが。

しかし、ちゃんとサンタクロースは存在する。
もちろん一人などではなく、複数いるのは当たり前。
まぁ、人口の多いところほど、サンタクロースの数は多いわけだ。

さて、サンタ達も世界中の子供に夢を与えてお金をもらう現実的な仕事でもある。
もちろん、サンタは副業なので、普段はアルバイトとか人によっては暗殺者などをやっている。
そして彼らを雇うのが、クリスマス限定の企業である『サンタ愛好会』たる怪しい人々だ。


「巫山戯けるなって。サンタのアルバイト募集中とか街中に貼るなよ!」

「あははー、だってぇー人手が足りないんでしょ? やる気のある人なら根性でどうにか?」

「無理だろ! 根性でどうにかなるようなレベルか!?」


そんな愛好会の西日本支部の更に末端たる小さな事務所D-製作会社で、二人の人間が口喧嘩をしていた。
片方は、まさにサンタクロースという仮装をしたピンク色の髪が特徴の少女。髭もちゃんと付けている
もう片方は平々凡々を具現化したような茶髪の少年。なんとなく、ツッコミの才能に優れていそうだ。

少女は少年の言葉にわざとらしくため息を吐きながら、机の上に足を乗せた。
おそらく、彼女が普段着ならそれなりに似合っただろうが、サンタ服では何とも言えない。


「いいじゃん、このままのメンバーから増やさないでもさぁ?」

「ああ、あんたが働いてくれるなら十分だろうな!」


少年は机を思い切り殴りつけた。
いや、手は机に当たったが止まらずに貫通した。
物質透過。それが少年の持つ能力で、サンタの仕事にはとても便利だ。
ちなみに、今それを使ったのは、本当に当たると痛いからという気弱な理由である。


「もー、アズ君ってば乱暴だなぁー」

「黙れララ。あんたの仕事は包装だろ! ちゃんとやれっての」

「仕方無いなぁ。まぁ、アズ君がそこまでわたしに頼むなら、やってあげよう」


ララと呼ばれた少女は渋々という様子で立ち上がり、軽く指を鳴らした。
すると、彼女の周りに小人のような影が現れ、部屋中にあったプレゼントの中身を包装し始めた。
小人使役。小人の正体は謎だが、それがララの持つ能力で、いろいろと便利な能力でもある。

彼女が仕事をし始めた事により、アズ君とよばれた少年は疲れたようにソファーに座り込んだ。
それからすぐに携帯を取り出し、電話帳からある電話番号にメールを打ち込み送信する。
一瞬だけ、窓際に飾られている透明な水晶玉の様子を確認した。
これで事前に彼が出来る下準備は全て終わった。








「ねぇねぇー、アズ君。わたしも配達したいー」

「アホか」


少女の提案を間入れずアズは却下した。


「酷いっ! アズ君は冷酷無血よぉー。貧血になってぶっ倒れればいいのに!」

「お前の所為で寝不足でオレは今にも倒れそうだっての!」

「だめだょ……」

「え……」


嫌な汗がアズの背に流れる。何だかんだ言って、付き合いはそれなりに長い。
次に彼女が言い出すであろう事などとっくに予想がついているのだ。
ララが子供っぽい表情を消し、真剣そうな表情を浮かべた。


「アズにそんな権利は無い。ここの社長は私だ」

「…………」

「わかってる? アズは私が雇っている人間の一人に過ぎない。それに、私はこれでも社長だよ。そのくらい、出来て普通。君は、少々私を甘く見すぎていないかい?」

「わかりました、社長。今日は珍しくやる気なんですね」


諦めたように、アズはララを見た。
普段はわざと子供のような態度を取っているのだが、今見せているのが彼女の本性なのだ。
外見は子供だが、彼女の実年齢はアズよりもずっと上だと言う事はわかっているつもりだった。
けれど、あの仮面の所為で忘れがちで、彼女もちゃんと考えた上でふざけているのを忘れていた。


「ありがとぉー。でもねぇ、一箇所だけわたしの手で届けたいだけぇー」


にへら、と一気に真剣な表情をぶち壊して、ララは子供っぽい態度に戻る。
アズはそれ以上何も言わず、自分の配分である地域に向かった。








「ってなわけで、お邪魔しに来たよぉー?」

「説明になってないって! あんた誰だっての!?」


いきなり部屋に現れた少女に、部屋の主の片割れである少年は混乱していた。
真っ黒な髪に金色の目の少年。元黒猫で、現黒猫でもある月見玖露(つきみ くろ)という少年だ。
外見では中学生程度だが、彼がこの世に産み落とされたのは5年ほど前の事である。


「どうみたってサンタクロース」

「嘘だー! サンタってお父さんとお母さんの事だろ!」

「混乱してるねぇー。ほら、深呼吸、過呼吸」

「過呼吸違うって!?」


病名の類の名称だった気がするが、玖露は思い出せなかったようだ。
何より、いきなり窓を割ってサンタクロースの姿をした少女が現れたら驚くのが普通だが。
玖露は自分に落ち着けと言い聞かせて、もう一度目の前の少女を見た。
やっぱり、見覚えも無いし、家を間違えたのだろう。


「わたしはララっていうのー、よろしくね? 玖露君?」

「げ、現実逃避してたのに……」


残念ながらクリスマスパーティーの行き先を間違えたわけではないようだ。
こんな変わった人なのだし、きっと同居人で保護者でもあるイチの知り合いだろう。
だとしたら、もうどうしようもないので諦める意外の道は多分無い。


「で、なんでサンタの格好なんか……?」

「いや、わたしサンタだしぃー?」

「本物………なら、こんなところにいるなよ!」

「いやいや、わたし包装専門ー」


サンタでも役割は分けられるらしかった。
確かにちゃんと包む人がいなければ、そのまま置いてある事になる。
それを想像してみると、ちょっと寂しい気がした。


「って、納得しちゃいけない! じゃあ、なんでこんなところにいるんだよ!?」

「わたしはサンタ愛好会の下っ端会社なんだよねぇー」

「そんな事どうでも……よくない! 何その怪しい愛好会って!?」

「世間の目を眩ますための作戦の一種じゃないー?」


なんで世間から隠れてるんだ、と玖露は思わずにはいられなかった。
別にやましい事をしているわけでもないのに、少し訳が分からない。
玖露が黙っていると、ララはニッと楽しそうな笑顔を見せた。


「んで、君にプレゼントを持ってきたのさ!」

「え……包装係じゃないの?」


確かに彼女は先ほど包装専門と言ったはずだ。
だから暇なのでここにいるのだと、納得させられた。


「脅して納得してもらったぁー」

「…………配送係の人、不憫だなぁ」


なんとなく、脅された人に同情を感じた。
遠くでアズという名のサンタがくしゃみをした事は、本人しか知らない。
玖露が遠い目をしている間に、ララはどこからとも無く白い袋を取り出した。


「じゃ、じゃーん! キャットフードー」

「一回地獄でも行って来い!」

「嫌だなぁージョーダンだってぇー」


反射的にツッコミを入れてしまったが、彼女の手に持っていたモノは猫缶ではない。
絵本だ。それもただの本ではなく、絶版になりほとんど市場に出回ってないもの。
それは玖露が初めて読んだものでもあった。すでにソレは失われてしまったが。


「君のノゾミの声は届いたんだよぉー。サンタさんにね」

「……ありがとう」

「いえいえー、コレが仕事だからねぃ!」


にっこりと明るくわらってララは絵本を玖露に手渡した。
それから周りを確認するように部屋を見回し、少し考えるような顔をする。
どうやら、この部屋に住むもう一人にも用があるらしい。


「ん、ララさん来てたか」

「イチ!」


割れたガラスを踏みながら、何故か窓の方から少年が現れた。
玖露の同居人兼保護者で、本名を名乗ろうとしない一応死神のイチ。
やはり、サンタクロースは知り合いだったらしく、友好的な笑みを浮かべている。


「やぁ、イッチー! 君のプレゼント5階くらいの高さから落としちゃったー」

「落としたの!?」


プレゼントを落とすサンタってどれだけマヌケだ。
ララは玖露に背を向けて、イチの方を見た。


「毎度の事だけど、本当にこの程度でいいの?」

「十分。ある意味じゃ貴重なものだ」

「ならいいけど、ね……」


背を向けている所為で、ララの表情を玖露が窺うことはできない。
けれど、その声はとても真剣なもので、まるでイチを気遣っているようだった。
そのままララは何かをイチに手渡すと、最初の笑顔で窓から出て行く。
割れた窓だけが、ちゃんとサンタクロースが来た事を主張していた。


「イチ? 何もらったの?」

「手紙、というよりも走り書きだな。親父からの」


思った以上にあっさりと答えた代わりに、イチはそれをあっさりと握り潰す。
だけど、しばらくの間はクシャクシャになった紙を大切そうに握ったままだった。








「アズーお疲れさまぁー!」

「あんた、ちゃんと届けたのか?」

「そりゃあ、キリストの誕生日を祝うついでにぃ」


相変わらずの態度に、アズは疲れたように首を振った。


「で、サンタさん。オレらへのプレゼントは?」

「これはヤミツキになるよねぇー」


他の配達専門の者達が帰ってきたのを見て、小さくララは頷く。
小人を一人だけ呼び寄せ、窓際にあった水晶を持って来させた。
それは最初とは違い、中に薄いレモン色のものが漂っている。

ララはためらう事無く、それを空高く投げた。
それは一番高いところで弾け飛んで、中身は空に舞い上がる。
重力に逆らい、けれどある程度は従って、ゆっくりと彼らに降り注ぐ。

サンタ達の唯一のお金以外の特権は、子供の笑顔が降らせる暖かい雪。











END






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