でいりー





「まず、ここに包丁が一本あります」

「うわっ、物騒な!」


友人がどこからともなく取り出した刃物に、少年は過剰なほど反応した。
まぁ、いきなり手品の如く包丁が現れたら、驚くのは当り前のことだが。
自分の家でもないのに、何故そんなものをもっているか問いたくなる。


「なんだ? たかが肉や果肉等を切るためにある物体だぞ?」

「表現が怖いんだけど!」

「ああ、あと刺殺の道具としても使えるな」


あまりにも恐ろしいことをいう友人に、少年は無言になった。
いつも通りの様子で言っているのが、余計に嫌な予感を際立たせる。
そんな少年の内心を露ほども知らず、ニコニコと友人は笑っていた。


「さて、ここで一つ考えてみよう。これで銀行強盗って無謀じゃないか?」

「そりゃあ・・・でも誰も怪我をしないように終わらせるのは難しいよ。人質がいる場合は手出しが出来ないし・・・」

「まず、人質を取るのなら複数であるのが理想的。あとは包丁を使うのなら大き過ぎるものは避けるべきだろう」


片手で包丁を弄びながら、友人はそんなことをすらすらと言った。
上に投げて刃の方で受け止めたり、くるくる回したりと、見てる方がひやひやする。
取り損なえば手に刺さりかねないし、下手すれば、よくリストカットするあの位置に刺るかもしれない。
だが少年にとっては、そんなこと他人のことなので、気にせずに暇つぶしの会話を続けることにした。


「コンパクトナイフとかは?」

「あれは小さ過ぎ。投げる以外に使えない」

「いや! 投げるものじゃないよね!?」

「じゃあどう使う?」

「えっと・・・紙を切る?」

「そんな事カッターナイフで十分だ」


事実だけに言い返せない。
そんなコンパクトナイフなんて使わない少年にとっては、その答えはわからなかった。
生憎、友人の方も説明してくれるような、気配は全くないので答えを知るのは保留となる。


「で、そろそろ現実逃避はやめようよ」

「それも一理ある。しかし、何故銀行で強盗と会わなきゃならん?」


友人が本当にわからないというように首を傾げた。
それに少年は呆れ、思わず疲れたため息を吐く。


「いや、犯人グループあんたの兄だし・・・それを止めにきたんじゃん!」

「全く、世話のかかる兄だ。何もジュース買うのに10円足りんからって強盗はないだろうに」

「そんなくだらない事のために3日も計画建てたんだ・・・」

「しかも、100万盗んで分け前が10円らしい」

「うわっ、いろいろな意味でおかしいよね?」


聞かされてなかったあまりにもくだらない事実に、少年は家に帰りたくなった。
よくよく考えれば、これは自分には関係の無い事だ。そう思ったが、良心の呵責に負けた。
それに犯行予定時間まであと30秒なので、もう今更逃げることは無理に近い。


「おい!動くなああぁぁぁぁ?!」


友人のトラップが発動した!


大声を上げながら入ってきた、強盗らしい服装をした人の声が途中で驚きの叫びに変わる。
尤も、自動ドアが開いた瞬間、上から包丁が降ってきたら、それが普通の反応だ。
扉の間に黒板消しが挟んである仕掛けの、自動ドアで包丁版らしい。
もし他の一般客が入ってきていたら大変なことになっただろう。


「わーい、引っかかった引っかかった」

「なんつー恐ろしい罠だ・・・」


強盗の服に大きな切れ目ができていた。怪我はしていないようだが、それでも効果は抜群だ。
しかもどんな速度で落ちたのか、持つ柄の部分まで床に突き刺さって抜けそうにない。
敵に新たな武器を与えるなんてことにならなくて良かったけど。


「おい、何が・・・うおっ!?」


友人のトラップその2が発動した!


自動ドアの前に張ってあった糸にもう一人の強盗が引っかかり、近くの植木鉢から包丁が飛び出す。
一体何本友人が持ってきたのかは不明だが、本当にいつの間に仕掛けたというのだろう。
ちゃんと計算してあるのか、強盗の顔すれすれのところを包丁は横切って行った。
見るだけでも、刺さらないかと心配にさえなってくる。

まだ外にいた強盗の仲間は、警戒したのか入ってこなくなった。
このまま放っておけば警察が来て捕まるだろうが、それでは困る。


「じゃあ、突撃」

「え・・・わっ・・・」


行き成り友人は少年の腕を掴むと、出口に向かって歩き出した。
半分以上の諦めと残りの呆れにより、少年は抵抗するという選択肢を捨てる。
友人は普通に自動ドアを潜り抜け、そして8人程いる強盗犯の中から的確に兄を見つけた。

そして包丁を突き出した。
もちろん柄の方を。

一瞬刺されたのかと、他の強盗犯が混乱するのを、少年は視界の淵で確認する。
大変だなぁ、なんて場違いな事を考えている内に、再び友人に手を引っ張られた。
自分の兄を抱えた友人は、平然と少年の腕を引いて走り出す。

この状況で止めるような愚か者はいないだろう。
なんせ刃物を持った危険人物。声をかけるのは警察くらいだ。


「これが包丁の正しい使い方」

「どこが!?」

「包丁は人に向けちゃいけません」

「当り前な!」

「よい子はマネしないように」


友達は選ぶものだ、ということを身にしみて少年は理解する。
でも、もうとっくに手遅れなので、無駄なことはせずこんな関係を続けることにした。


「ジュース、買う?」

「あれ、あんたお金持ってたの?」

「さっき強盗さん方から掏った」

「おいおい」


やっぱ今からでも遅くない。
まともな人と友達になるべきだ。

少年は強くそう思ったが、やっぱり手遅れであることには変わりなかった。








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