Rainy Day



季節外れの台風でも訪れたような土砂降り。
この土地でこのような天気が珍しいわけではないが、それにしてもひどかった。
雨が屋根を打つ音を聞きながら、この洋館の三人の住人の内の一人である私こと天野 和紗 (あまの かずさ)は不機嫌であることを隠そうともせずに窓の外を見てため息を吐く。
洋館の中にある図書館は防音効果があるらしく、雨の音はそこまで響いていなかった。
「明火・・・今日の学校は?」
私は本当に不本意だが、私の兄である明火(あきほ)にそう聞いた。
明火は相変わらず自分の場所と決めたソファーに寝転がって怪しい本を読んでいる。
読書は私も好きな方だが、どうもこの兄の読んでいる怪しい本は読む気になれない。
「ん? 今日は雨だから休みだよ」
明火は読んでいた本から顔を上げ、笑顔でさらりと普通ならありえない答えを返してきた。
いったい何処の世界に雨の日は休みになる学校があるというのだろう。
もちろん、私達の通う学校が魔法を教える場所とはいえ、そんな制度は無い。
無いのにこの横暴が許されるのは、全部明火の所為だ。
学校から離れている事と些細な事を理由に明火はよく学校をサボる。
無理に来いなんて言うと、明火に呪われるのがオチだ。今まで何人が犠牲になったことか・・・。
その結果、誰も明火に口出ししないという現状の出来上がり、だ。
「それにしても和紗、兄を呼び捨てとは酷いじゃないか」
「あんたが兄らしい行動をしてくれたら呼ぶことにするわ」
「えぇ、俺はこれ以上無い程に兄として可愛い妹に接しているのに!」
感情を込めてかなり大げさに明火は言ったが全然信じられない。
第一、妹に家事全般やらせて自分は本ばかり読んでるくせによく言うな。
「で、またサボるの?」
「だって雨の日って歩きにくいし、どうせ河が増水して橋は壊れてるだろ?」
仮に橋が壊れてたとしても、学校に行く方法は一つだけある。
「和姉」
いつの間に図書館に入ってきたのか、弟の椋(りょう)がずぶ濡れで立っていた。
どうやらこの弟は橋の様子をわざわざ外まで見に行っていたらしい。
「椋、図書館は水気厳禁だよ?」
「弟の心配しなさいよ! 馬鹿!」
そう言いつつも、これは雨の日の日常と化した光景でもあった。
椋本人は、全く濡れることをなんとも思っていないので、無表情に首を傾げる。
どういう風に育てばこうなるのか分からないが、とりあえず天然ということにしておこう。
「橋、壊れてた」
何の感慨もなく、静かに告げる。
予通り、学校まで歩いて行くのは不可能となった。
橋を渡れなければ、私達はこの洋館の建つ森から出ることはできないのだ。
私は唯一の学校に行ける手段を持つ者を見たが、あいつが何を言うかはわかっている。
案の定、明火はとても爽やかな笑顔を二人にむけて、この後どうするかを断言した。
「学校まで歩くのは不可能。俺は瞬間移動を使いたくない。結論、今日は学校に行かない」
まあ、瞬間移動と呼ばれる魔法はかなり高度な分類に入る。
もし普通の魔法使いなら納得できない言葉でもないのだが・・・。
この忌々しい兄が学校一の呪術と瞬間移動使いで、そんなことをするくらい苦でもなくて、
そしてそれが今月に入って10回目の言葉だったら、流石に説得力も無いだろう。


▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「ただでさえ雨は嫌いなのに」
私はやる事も無いので窓の外をながめた。
雨は全く止む気配も見せず、暗雲は相変わらず空を覆いつくしている。
だが、もし今雨が止んだとしても、橋が壊れているので意味は無いだろう。
最初は暇つぶしに明火の読んでいた『嫌いなあの子の呪い方〜煩悩編〜』を見てたが途中でやめた。
用意するものの項目がかなりグロテスクだったのも理由の一つだ。
「それにしても、なんでこんな本が家に・・・」
明火が買ってきたにしては年季が入っている。
そうすると親のどちらか片方ということになってしまうではないか!
「お父様・・・貴方ですか!?」
どちらも本好きだった気がするが、ノリ的にあっちだろう。
しかし、あの二人は何をしているのだ?
明火は朝の会話の後から地下室にいる。
時々何かを取りに出てくるけど、ほとんど地下室にいた。
何をしているのか知りたくもないが、少し前に何かの断末魔が聞こえた気がする。
まあ、明火のことだ。どうせ新しい呪いを作っているか試しているのだろう。
椋も何もすることがないので部屋にいるはずだ。
暇つぶしに二人の様子を見に行こうと私は立ち上がった。
しばらく歩くと、転んだ。
私がドジだというわけではないぞ? 廊下が濡れていたのだ。
気付けば玄関から、なにかが通ったような水の跡が続いている。しかも、椋の部屋に向かって。
かなり嫌な予感が脳裏を過ぎる。また、変なものを招き入れたのではないか、と。
「椋! なにやってるの?!」
ドアを勢いよく開ける。
そして、何かがドアに当たるのを感じて嫌な予感が増す。
ドアを閉めて逃げたい気持ちを抑えて、私は部屋の中を見た、が
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・バタン
数秒後、耐えることが出来ずに閉めた。
「何も見てない。私は何も見てない・・・・・・」
このまま何も無かったことにして立ち去ろうとする。
が、その願いも虚しくドアが弟によって再び開かれた。
「和姉? 中に入る・・・?」
不思議そうな表情をして椋が扉から顔を覗かせる。
こうして私は中に入らなければいけない状況に追い込まれた。
恐る恐る、私は椋の部屋に入る。状態は先程とほとんど変わっていない。
まず目の前に、熊と猿がいた。
右目に傷があり、いかにも凶暴そうな熊。図鑑で見た覚えのあるニホンザル。
ここまでなら、奇妙な組み合わせの動物が居るだけに思えるだろう。
だが、その2匹が仲良く将棋をやっている。
ありえない。いかにこの世界に魔法があろうがなんだろうが、これはありえない。
知能的にも現実的にも組み合わせとして考えられない。
「この状況はどう解釈すれば・・・・」
「状況? 今は、モン吉が有利」
「私が言いたいのはそこじゃなくて! しかも猿の名前はモン吉!?」
モン吉が王手を決めた。



▽▲▽▲▽▲▽▲▽



椋の部屋は奇想天外だった。
引き出しの中にリスとハトがいるし、机の下に犬と猫がいるし。
さらにタンスの中には狐、ベッドの下には狸、上には狼。
どこから連れてきたのか聞きたくなるほど種類に富んでいる。
本人曰くただの『友達』だそうだが・・・人間の友達はいるのか心配になってきた。
「和姉、塩焼きに謝って」
「はい?」
「さっき、和姉がドア開けたときにぶつけた魚」
どうやら私は魚に謝らなければいけないらしい。よく見ると部屋の隅に全長2mくらいの鯰がいた。
「って、ナマモノ!? 放置すると死ぬわよ!?」
「大丈夫、一週間は」
本当にあれは魚なのかと聞きたくなったが、その言葉を飲み込んだ。
飲み込んだ言葉の代わりに何を言おうかと考え、取り合えず私は謝ることにする。
だがその時、明火のいる地下室から建物全体を揺らすような轟音(ごうおん)響いた。
全く、あのバカはなにをやっているのだか・・・。
流石にここまで迷惑な事をされると、私も黙っているわけにはいかない。
椋も動物達が怖がるからなどと言ってついて来た。
さぁ! いざ明火退治へ!!
って、違うだろ。内容は同じだが、建前はもっと平和的なはずだ。
まずは図書館に戻り、特定の場所の本を抜くと、本棚の一部が動く。
それがいくつも連鎖して、私達の目の前に地下室への道が現れた。
確か、この仕掛けも両親の趣味によって造られたものらしい。
そして道が石造りで薄暗いのも、ほぼその趣味の所為だろう。
しばらく階段を下りると無駄に分厚そうな扉に行き当たった。
扉は少しだけ開いていて、そこから薄明かりが漏れてる。
「明火! さっきの轟音は何!」
「明兄。五月蝿いよ・・・動物達が怖がるから・・・」
そう言いつつ部屋に入り、硬直した。少なくとも私は。
椋はそんな様子は全く見せずに明火のことを見ている。
だが・・・・なんなんだ、私の兄弟は!!
「ん? 和紗に椋。今、悪魔召喚してたんだけどな」
そこにいたのは漆黒の猫にコウモリの羽が生えた悪魔だった。
だが、この国の絶対とされるルールでは悪魔の召喚は許されてない。
たとえ呼び出したのが低級の悪魔だとしても、重罪とされ運が悪ければ死刑だというのに。
「馬鹿野郎! 悪魔の召喚は法に触れるじゃないの!」
思わず掴みかかろうとした私の手をするりと避けて、明火はにやりと笑った。
からかう様な余裕の表情で、それが私の怒りを逆撫ですると分かっている癖に。
「兄に向かって馬鹿野郎はないだろ? 和紗?」
「ほんの数秒早く生まれただけでしょうが!」
「でも、兄は兄じゃないか?」
「黙れこのアホ男!」
険悪な空気が地下室を支配する。
「・・・・・・・かわいい」
椋のその一言で、それは一気に消え去ってしまった。
相変わらず空気を無視した行為が私の兄弟には目立つ。
「和姉・・・飼っていいよね?」
「椋、それいちを悪魔なのよ?」
「でも、こんなにかわいいんだよ」
断ったら泣きそうな様子で椋が私を見た。
いや、別にかわいいのは事実だし、そこ否定はしないけど・・・。
「あの・・・すいません、此処に住ましていただけませんか?」
悪魔が敬語だということに物凄い違和感がする。
今まで明火が勝手に呼び出した悪魔達は全員はタメ口だった。
まあ、最後には私に敬語を使うよう調教したのだが。結果としては同じだからいいか。
毎度毎度、国にばれないよう注意しながら悪魔を扱うのは私の仕事になりつつある。
「わかった。もう好きなようにして」
「ありがと!」
花が咲くように、という表現がピッタリの笑顔で椋は悪魔を抱きしめた。
なんか笑顔がとってもまぶしい・・・。
「そういえば悪魔君。君の名前、聞いてないな?」
「名前・・・ですか? え〜と、好きなように呼んでいただいていいです」
「じゃあ彼が此処に住む原因は椋だし、椋が決めて」
なんとなく、明火に任せるとまともな名前をつけそうにない。
「いいの?」
「本人さえ良ければね」
「悪魔だし、ダークとかウォーとかどうだ?」
「だから明火は参加するな!」
「ちっ・・・」
舌打ちをしたいのは私の方なのだが。
椋は私と明火の会話を無視して考え込んでいた。
「う〜んと、じゃあ『ポチ』」
「・・・・・・・・・・・・・・」
そういえば椋も、ネーミングセンス無いんだった。
見た目が猫なのに、ポチはないだろう。せめてタマあたりが妥当なはずだ。
「えっと・・・・ポチでいい?」
これは流石に断るだろう。
そう思い聞いた私だが・・・・・
「ボクはいいですけど」
類は友を呼ぶとはこのことか。
私は隠すことなく大きなため息を吐いた。
椋はポチが気に入ったのか、人形のように抱き上げている。
明火はしばらくの間、悪魔を呼び出した魔方陣を見ていたが首を横に振った。
こうして、我が天野家に悪魔が住むことになりました、っと。



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「なぁ、和紗・・・」
珍しく真剣な表情で明火が私を呼び止めた。
「何? 難しい顔して」
「あの悪魔、俺は見たことないんだ・・・」
意外だ。
今までふざけて呼び出した悪魔は、全部こいつの知っているものだった。
だからこそ、撃退することも(調教することも)簡単にできたというわけである。
それに、図書館の本を全て読んでいる彼が知らない悪魔など滅多にいない。
「そうなの?」
だが、私としてはそんなに興味のある事ではない。
なので私は明火を無視してまた歩き出した。
「ちょっと、和紗!」
後ろで明火の声が聞こえたが、それも無視した。
雨はまだ止むことなく、延々と振り続けている。
「あ〜、やっぱちょっと暇ね」
私のつぶやいた声は明火に聞こえてしまっただろうか。
少しだけ明火の呼び出した悪魔のことを考えたが、気にしないことにした。
私は学校で一度だけあの悪魔についての資料を見たことがある。
禁書録と呼ばれる、最も呼び出すことを許されない悪魔の中に。
明火は本当に珍しく不安そうにしているが、自業自得というやつだ。
これからどうなろうが、私には全く興味の無いことなのだから。
私は被害の及ばないところで、傍観でもしていよう。

「明火、私が普段のことを怨んでないとでも思っていたか?」



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雨はやはり夜になっても降り続いていた。
規則性のあるような無いような音で窓を叩く。
私の暇はそれなりに満たされたものの、まだ足りない。
だが、明火の情けない姿を見れただけでも十分だと思い直す。
「あ〜、いい気味」
兄姉なのだし、明火の性格はちゃんと理解している。
意外と明火は、予想外の事態に弱いタイプだということも。
「それに、アレが来るように仕向けたのは私だからなぁ〜」
私は、明火に気付かれない様にこっそりと魔方陣を書き換えたのだ。
彼が呼び出しに必要なものを取りに行った数分の間に、書き換えた。
簡単なことではないが、知識さえあれば不可能なことではない。
だから明火の知らない悪魔が召喚されたのも当たり前。
当然の結果に私はニヤリと小さく笑った。

「私も悪戯は好きなのだよ」




ちなみに禁書録には、あの悪魔についてこう書かれている。
悪魔の中でも力は強力だが、かなり温厚に分類される悪魔だと。




雨の日は、皆が暇を持て余していた





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あとがき
これは雨の日の過し方の書き直しです。
雨の日の過し方は私が中一の時に書いた話だったので、文が滅茶苦茶でした。
そして書き直した結果、オチがかなり変わってしまうという意外なことになりました。
果たして読んでいてこう終わると分かってしまっているのかが不安で・・・。
起承転結になってるのかいまいち自信が無かったり・・・。

これは最初、友達と『同じ題で小説書こう!』と誘われたため交換で書いた物です。
それが私の最初に書いた話とも言え、今いろいろと書いている大本とも言えます。





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