悪役達の邂逅風景 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 『大手証券会社のビルに、地下組織『××××』の怪獣が現れました。 的確な避難警告と、迅速な避難が行われた為、今のところ死傷者の報告はありません』 避難により人通りの無くなった交差点に、アナウンサーの声が響き渡る。 巨大テレビに映るその表情は落ち着いたもので、この非常識な報道に慣れているようだ。 アナウンサーの後ろには、生中継でビルを破壊する一体の“怪獣”の映像が流れている。 大きさは成人男性より大きい程度だが、その外観は“人”と呼ぶには無理があった。 まあとどのつまり―――― 子供の頃にテレビで見たような生物だった。 「本当にあんなものどうやって造り出すんだろう?」 交差点の片隅、人当たりのいい笑みを浮かべて一人の青年がつぶやいた。 おそらく、十人に彼の印象を聞けば全員が『優等生』と答えそうな風貌。 これで眼鏡を掛けていたら完璧だろう。 ―――だが、彼の右手に光る刃物とその先に居る男が、それらを全て打ち消していた。 「いやいや、オッサンも運が悪い。たまたま偶然、目に付かなければ今頃無事に避難できたのになー」 青年は『優等生』とは掛け離れた口調で、口元を無邪気に歪める。 男は小さく悲鳴を上げるが、逃げ場は既に無かった。 助けを求めるにも、避難警告のため二人以外に人影は無い。 走馬灯のように男の脳裏に過ぎったのは、最近のニュースの一つ。 怪獣とは別に、どこかまだ現実的な『連続無差別殺人事件』の事だった。 被害者に関連性は無く、目撃情報も皆無。ふらりと都内に現れる殺人鬼。 手馴れた様子の確実な致命部への裂傷から連続と言われている。 一種の都市伝説にもなりかけている程の存在だった。 まさか自分が、と思わないのが人間だ。 男もそんな一人で、目の前の現実が受け入れられないようだ。 「わ、私を誰だと……」 「ストップ。正直どうでもいいし、ほら、ニュースでも有名だろ? 無差別って」 太陽の光を刃物――メスが反射し、殺人鬼である青年の表情を隠す。 だが、見えなくても気配で殺人鬼が嗤っているのが男にはわかった。 「それにしても、正義の味方ってこういう身近な事はなんとかしてくれないんだよなぁ。 俺が困ってる時も、助けちゃくれないし……まぁ、とりあえず俺はああいう輩が大嫌いだ。 怪獣さん達にも尊い命があるってのに。しかも怪人さん達は元人間。血も涙もないってこういう事だな!」 男は内心、殺人鬼が何を言っている、と思った。 けれど流石に口に出す事は出来ず、視線を逸らす。 「あ、ちなみにこのメスね。俺の両親医者で、俺も自然と医大進んだわけ。 それで、そこの実験室から人の目盗んでこそり頂いただけ。切れ味は結構なモノだよ?」 メスは肉を切るために造られたものだ。 そこら辺の下手な刃物と比べ物にならない程よく切れる。 殺人鬼は終始変わらぬ笑顔のまま、メスと男の首筋に動かす。 「さて、オッサン。楽しい交流タイムもここら辺に……」 「待った」 「―――ん?」 殺人鬼でも男でもない第三者の声が、殺人鬼の手を止めた。 一応、今まで目撃者がいない事からわかるように、彼は気配を探るのが得意だ。 そんな彼に―― 少々会話に熱中したとはいえ―― 気配を感じさせない相手。 ただの逃げ遅れた一般人、というわけでは絶対にないだろう。 しかも、声だけで姿はいっこうに見当たらない。 「このオッサンの護衛とか? 実はかなりの身分だった?」 「後者は正しいが、前者は的外れだ」 声の主の姿を探そうとした殺人鬼の聴覚が異質な音を捉えた。 同時に、曖昧だが妙に確信の持てる『嫌な予感』が全身の毛を逆立てる。 体に染み付いた反射神経が、思考するよりも前に殺人鬼を後ろに跳ばせた。 直後、男を追い詰めていたビルの上にあったらしい看板が目の前を落ちる。 呆然とする間さえ与えられなかった男の顔が、あっという間に消え去った。 後一秒、一歩でも足りなければ、男と同じ運命を殺人鬼も辿った事だろう。 「その男は事故死してもらわなければ困る」 看板の次に降ってきたのは、殺人鬼より少し若いくらいの学生だった。 見覚えの無い制服に身を包んだ少年には、目立つ特徴は無い。 どこにでもいそうな、存在感が限りなく薄い無表情な少年だった。 「……って、ちょっと待て。今、軽く人間の限界超えてたよな?」 看板があった高さは少なく見積もっても20階以上だ。 そこから飛び降りて、平然としているような生き物は人間じゃない。 だが、少年は殺人鬼の問いには答えず、考え込むように俯いた。 「目撃者か…… 「え、俺の質問は無視? というか、殺し屋さんだったり?」 薄笑いさえ浮かべた殺人鬼の言葉に、少年は軽く目を見開いた。 「………何故わかった?」 一瞬、嫌な感じに沈黙が流れる。 「いや、 かなり苦味の勝った苦笑を浮かべ、殺人鬼はメスを握り直す。 一瞬の間の後、二人の武器が交差し、金属音がビルの隙間に響いた。 偶然付けたテレビからニュースが流れる。 『現在対処に正義の味方リストNo.5の科学系戦隊の方々が現地に向かっていますが、 道中、速度違反でリーダーが捕まってしまいましたので、事件解決にはまだ時間が掛かるでしょう』 「…………」 「へぇ、ここが殺し屋くんの家かー」 マンションの一室。我が物顔で殺人鬼はソファーに座っていた。 対して殺し屋は無表情だが、彼から発される空気は好意とは程遠い。 「どうして付いてくる。それに一度撒いたはず……」 「俺と君の仲じゃないか。それに殺人鬼をあんまり見くびるなよ?」 「殺し合っただけの仲だろう」 後半はあっさり無視して、殺し屋は冷蔵庫からウーロン茶を取り出す。 不本意そうだが、一応殺人鬼を“客”として扱うことにしたらしい。 渡されたウーロン茶を一気に飲み、殺人鬼は楽しそうに笑う。 「だって、痛み分けなんて初めてだったしなぁー。俺と同等に殺りあえるなんて貴重だもん」 「お前も十分人外だ。普通なら我々のように身体強化した人間と対等に渡り合えるわけがない」 問題ないだろう、という事で殺し屋が口にした話は、殺人鬼にとって面白いものだった。 殺し屋はとある世界征服を目的とする悪の組織の暗殺者で改造人間らしい。 改造人間といっても、薬や機械やよくわからないモノで身体の運動能力を上げ、 おそらく本人は自覚していないだろうが、組織への忠誠を頭に掘り込まれた。 要約すれば、そのような感じの事だった。 「お褒め預かり光栄。ま、これでも医者志望だからね。身体の事はヒトより詳しいさ」 「……………それでどうにかなるレベルの問題か? あの底なしの体力は?」 「高校までは陸上やってたからじゃない? 駅伝一人で走りきったのはいい思い出だー」 殺し屋は変な生き物を見るような目で殺人鬼を見た。 目は口ほどにものを語るというがその通りだといういい例だ。 それにむっとして、殺人鬼は殺し屋の頭にメスを投擲する。 殺し屋は首を傾けそれをぎりぎりの距離で避けた。 目標を外れたメスは壁に深く突き刺さる。 一瞬にして、場の空気が険悪なものへと変化した。 チャラチャチャッチャチャーン ゲームでレベルの上がる時に鳴りそうな音が響いた。 殺人鬼が毒気を抜かれる中、再度同じ音が鳴る。 「あ、携帯」 殺し屋は立ち上がり、ごそごそと学生鞄を探り出した。 その間、間抜けな音はエンドレスで鳴り続ける。少し鬱陶しい。 殺人鬼の視線に曝されるのも気に止めず、殺し屋は通話ボタンを押した。 「……はい、任務は終わりました」 元々感情の薄い声から、完全にそういったものが排除される。 会話の内容が何となく想像がつき、殺人鬼は暇そうに欠伸を噛み殺した。 「ただ……見られてしまい………あ、もうその情報は伝わって…………わかりました」 そこからは、相手が一方的に話しているのか、殺し屋が口を開く事は無く、 最後に「新しい任務に移ります」とだけ言い、あっさりと通話を切った。 「出かけるの?」 「裏切り者の始末に」 「殺しは嫌になったとかいうアレ?」 てきぱきと滞りなく用意をしていた殺し屋の手が止まる。 「………何故それを……まさか超能力者!?」 「いや、そういうボケは求めてないから。成る程、ありきたりだねぇ」 くつくつと低く殺人鬼は笑う。 目の前の殺し屋は、かつての仲間を手に掛ける事に迷いは無い。 それは刷り込みの忠誠心かもしれないし、もしかすると彼の本心なのかもしれない。 殺し屋に気付かれぬように、殺人鬼は歪んだ笑みを浮かべた。 「で、とっとと出ていけ」 「そんな……俺とは遊びだったのか!?」 「出 て い け!」 相変わらずの無表情だが、言葉には殺気が上乗せされてる。 殺人鬼は殺気をものともせず薄ら笑いを浮かべた。 しばらく張り詰めた空気が流れる。 だが、あっさりと殺人鬼は玄関に足を進めた。 「ま、精々返り討ちにあわないよう気をつけなよ?」 「……何故そんな心配を……いや、どうでもいいか」 ちょっと怪訝な表情をしたが、すぐに思考を任務に切り替えたようだ。 殺し屋はすぐに“殺人鬼”という存在を視界から追い払ってしまう。 だからこそ、彼は“殺し屋”としてあるまじき失態を犯した。 まさか、自分の後を殺人鬼が付いてくるなどとは、露ほども思わずに。 「さて、どーみても俺らが悪役だけど、セオリー通り悪は正義に屈するのかねぇ?」 誰かのラジオからニュースが流れる。 『やっと大手証券会社のビルに正義の味方が到着しました。 これより怪獣が巨大化する危険があるので、一般人はくれぐれも注意してください』 町中の廃工場。 追い詰めたのか誘き出されたのか、電話の内容を知らない殺人鬼は判断できなかった。 ただ、裏切り者と殺し合うにはピッタリの雰囲気の場所とも言えるかもしれない。 そんな事を考えながら、遠巻きに殺人鬼は傍観……してたわけではなかった。 「うん、本気でコレはどういう事?」 「それは僕が聞きたいよ。何で隣の家の優等生もどき大学生がこんな所に居るの?」 「いやいや、隣の家の腹黒い小学生がここにいる事の方が謎じゃないか?」 そう、偶然知り合いと鉢合わせたのだ。 厳密には、登校する時間帯によく会う隣の家の子供。 もう一つ特別述べる事があるとすれば…… 「殺人活動に勤しんでたはずが、興味深い殺し屋に会って、つい趣旨を忘れて追いかけてみたとかそんな笑えない理由じゃないよね?」 妙に頭の回転と勘が良く、殺人鬼を殺人鬼と認識している事だろう。 お隣さんという事もあり、うっかり殺人鬼も手を出すことが出来ない相手でもある。 だからこそ、彼はこうして平然と殺人鬼と会話しているのだ。 しかも、警察に通報するつもりは微塵も無いらしい。 親は交通課とはいえ警察なのに。 反抗期なのだろうかと、どうでもいい事を殺人鬼は考えた。 ふと、そこから一つの所詮憶測に過ぎない可能性が頭を過ぎる。 「じゃあお前は、実は悪の組織の下っ端で殺し屋が裏切らないか見張りにきたのか?」 「そんなわけないだろう」 あっさりと、どこか呆れた様子で子供は答えた。 外見年齢に全くそぐわないはずの動作だが、彼だと違和感は無い。 口調も、先ほどまでのやや子供っぽいものから変化していた。 「僕が下っ端如きに身をやつすか。幹部に決まってる」 「……確か、お前の親父さんって警察じゃないか? しかも、正義の味方を道路交通法違反で殴ってでも止めて連れてく」 「だから部下にはスピード違反だけはするなといつも言っている」 時折破る奴もいるが、と子供は面倒臭そうにぼやく。 彼の性格を知っているため、否定することもできずに殺人鬼はため息を吐いた。 「で、始末をつけに?」 「もう少し傍観してからだけどね」 口調を戻し、子供っぽい笑みを浮かべる。 子供の言葉に殺人鬼が視線を戻すと、どうやら膠着状態になったらしい。 工場の壁に反響して、殺し屋達の会話が二人の耳に届く。 「何故、組織を裏切る?」 殺し屋の感情を含まない声に、わずかに疑問が含まれていた。 対峙する殺し屋という立場を捨てようとする少年は、一瞬の迷いの後、口を開く。 「俺は……もう殺しなんかしたくない。ただ彼女と……」 「女にかどわかされたか」 「違う! 彼女のお陰で俺は自分のやってる事に疑問が持てたんだ!」 銃刀法違反などという法律を無視した銃声が再び響いた。 実力が拮抗しているためか、どちらも決定打を出せない。 後は精神力と体力の問題だろう。 「どうするんだ? うっかり相打ちとかありえるぞ?」 「だったら、そこまでの存在って事だね」 殺人鬼の問いに、平然と返す子供の姿には余裕さえ感じさせる。 何か考えがあっての行動なのだろうが、殺人鬼にはわからなかった。 二人の観客の前で、アクション映画のような攻防がしばしの間続く。 その終わりは、唐突であっさりしたものだった。 「なっ!?」 「……!?」 何の前触れも無く、建物全体が大きく揺れた。 放置された鉄筋が崩れ、天井の照明が点滅する。 運悪く、殺し屋の近くのドラム缶が彼に崩れ落ちた。 持ち前の強化された運動神経で難なく避けるが、一瞬の隙が生まれる。 元殺し屋の少年は、ほぼ反射的と言える動きで隙を突いた。 銃口は、心臓に向けられる。 そして、最後の銃声が響き渡った。 携帯にニュースのテロップが流れる。 『怪獣の巨大化に伴い、震度3前後と予想される地震が発生しました。 これにより、避難し遅れた株式会社社長が不幸にも看板の下敷きになり――――』 「……何故、わざと外した?」 肩から流れる血を気にも留めず、殺し屋は裏切り者を見た。 あのまま引き金を引くだけで厄介な追手を消す事ができたにも関わらず、 彼は自分の反射的行動に気付き、ギリギリのところで弾が心臓を外れるようにした。 それは、殺し屋にとって『理解できない』行為だった。 「俺は……これ以上、誰も殺したくないんだ」 うつむき、吐き出すように少年は言葉をつむいだ。 そこにあるのは、過去の自分自身への確かな自己嫌悪だった。 そして、『無意識』や『反射』で人を殺しそうになった現在の自分への。 「これはもう使い物にならないな」 「うわぁ…… 温度差のある二つの声が、二人の間に流れた静寂を壊した。 「参謀…………?」 子供―――― 組織の幹部の姿に、殺し屋も少年も呆然とする。 参謀と呼ばれた子供は、殺し屋を一瞥してから、少年に視線を向ける。 かつて組織に身を置いていた事から、少年は思わず表情を強張らせた。 外見こそ子供だが、参謀のやってきた事は大人顔負けだった。 「敵さえ殺せないような暗殺者は不要だ」 感情の含まれない声で言い放ち、何かを投げる。 反射的にそれを受け取って、少年は先ほどとは別の意味で絶句した。 「どういう、事ですか? 預金通帳なんて……」 「これまでの給料と保険書。退職金もすでに含まれている」 参謀の言う意味に全員が気付いた。 つまり、正式にこの仕事を『辞め』させるのだと。 三人の視線に曝される中、参謀は不敵に――― 悪人らしい笑みを浮かべる。 「ちなみに、追手を殺したら『敵対する者』として殺してたがな」 すれ違う人々の会話が耳に入る。 『さっき、正義の味方のロボが怪獣倒したんだって』 『つーか、リーダー情けなくなね? 警察に捕まるなんてさ!』 『いや、その警察の人、200キロで走ってたのを素手で強制的に止めたらしいよ?』 『そういえば知ってます? 廃工場でなんか悪の組織が実験を――――』 その後・殺人鬼の家 「あれって、結構綿密な計画の上に立てられてた作戦だった?」 スナック菓子に手を伸ばしながら、殺人鬼は参謀に問いかける。 負傷した殺し屋は組織の秘密基地に戻り、部屋に居るのは二人だけだ。 殺人鬼の手にする夕刊には、小さく『怪獣! 退治される!』という見出しがある。 やはりあの怪獣は例に漏れず『正義の味方』とやらに始末されてしまったようだ。 「なんの事?」 参謀はわざとらしく、思い当たる節が無いと問い返す。 「あの殺し屋達。もし裏切り者くんが追手を殺してたら、結局人殺しの業に縛られる。 『ああ、結局俺は人を殺してしまった』って、罪の意識とかで余計組織から逃れられない。 殺さなかったからああいう結果になったけど、それでも彼に大きな『貸し』を作った。 多分、少なくともお前と敵対はしないだろうし、上手くいけば恩を感じてるのを利用できる。 しかも、どっちに転んでも二人の殺し屋の片方は得る事ができるというお得な計算。 その上、俺に『趣味を活かしたバイトをしませんか?』と誘うあたり、俺を巻き込むのも計画の内だろ? 今回ので、仕事もちゃんと辞めさせて貰えるし給料もいいことをアピールしたんだからな。 結果コレで組織お抱えの殺し屋の数はプラマイゼロ」 殺人鬼が視線を向けると、参謀が子供らしくない笑みを浮かべているのが目に入る。 大方当たりという事だろう。殺人鬼は、改めて隣に住む子供の頭の回転の良さに感嘆する。 「で、この話受ける?」 「……改造とかしないならオーケー。あと、殺し屋くんといつでも殺りあっていいなら」 「なら契約成立だね!」 わざとらしく、子供っぽい口調で参謀は笑う。 そして、用は終わったと言わんばかりに部屋を出ようとした。 だが、直前で足を止め、殺人鬼に友好的に見える笑みを向けた。 ―――― 悪の組織にようこそ。歓迎するよ。 オマケ 競作小説企画「Villain」参加作品 【テーマ:悪人・悪役・敵役】 ※この話に、悪人や犯罪を標榜するような意図はありません。 |